「皆さんに導いて頂いて」歌手・幡野智宏の努力の形

爽やかで快活な笑顔、よく通る話し声、歌手の幡野智宏さんとお話をさせて頂いて、まずそのような印象を受けました。幡野さんの代表曲は『LUCKYSTAR』、スーパー戦隊シリーズ『宇宙戦隊キュウレンジャー』の主題歌です。その歌声はYouTubeなどでも少しだけ聴くことができますが、広い音域で歌われる“王道”の楽曲は、とても心地よく耳に残ります。

ライブ活動を主としてきた幡野さんは、新型コロナウイルスの拡大で、多くの影響を受けています。音楽活動のルーツや、ファンの方への思いと併せて、そのお気持ちをお伺いしました。



まず、幡野さんが音楽に強く興味を持ったのは、Jロックバンド・ポルノグラフィティの影響でした。

「当時あまりなかった、男性ハイトーンの声にあかぬけた歌詞が、中学生の僕にものすごく刺さりました。それから音楽を自分から音楽を聴くようになりました」

ただその時点では、自分が歌うことに関しては意欲的ではありませんでした。
それが変わったのは、中学校の修学旅行のバスの中でのこと。
バスに備え付けられたカラオケ機で、マイクを回して流行の歌を歌うクラスメイトたち。幡野さんの順番が回ってきました。ポルノグラフィティさんのデビュー曲『アポロ』を歌います。

「人前で歌うのは初めてだったんですが、みんなから『幡野歌うめーじゃん!』なんて言ってもらって。クラスの中では目立たない方だったのに、そんな風に言ってもらえたことで『自分は歌が得意なのかもしれない』と思いました」

多くの人がちょっと憧れたことがある、そんなシチュエーション。そこでぼんやりと、歌うことに対する想いを深めます。
そして、幡野さんはたまたま、深夜のアニソンラジオに出会います。

「ALI PROJECTさんの曲が流れていて、そこでまたすごく衝撃を受けて。当時あまりアニメは見ていなかったので、“アニソン”というジャンルが盛り上がっていることをその時知りました。また、そのラジオは声優の方がパーソナリティを担当していたのですが、声優さんのお仕事に歌やラジオパーソナリティがあることも、そこで知ったんです」

それまでなんとなく『歌うことが好き』だった幡野さんは『アニソンを歌う人になりたい』という夢を持ち始めます。



「最後かもしれない」
人への想いで掴んだチャンス



幡野さんが本格的に歌の勉強を始めたのは大学三年生、20歳の頃。大学と並行して、ボイストレーニングの学校に通い始めました。
いずれALI PROJECTさんやポルノグラフィティさんのような、確固たる世界観のある曲も作ってみたい話す幡野さん。現在の幡野さんは、いわゆる“王道”の曲調のものを担当されています。
その始まりとも言えるデビュー曲について、そこに至るまでも数々のドラマがありました。

その始まりはボイストレーニングの学校の、レコーディングサービスを利用した時のこと。プロの機材を使って、音楽エンジニアさんに収録をしてもらえる、本格的なサービスでした。幡野さんは初めての利用でしたが、歌声を聴いたエンジニアさんに「幡野、歌えるじゃん」と声を掛けられたそう。

「『今度、この学校と声優事務所とで開催するボーカルオーディションがあるので、受けてみないか』と、誘って頂きました」

CDデビューのチャンスも、と謳われた大きなオーディション。偶然の機会で掴んだその出場の結果は、なんと優勝。
そこで初めての事務所に所属することになります。

「ボイストレーニングの学校を辞め、その事務所の養成所に入り直しました。そこは声優事務所さんだったので、今度は演技の勉強などもしながら、声優としてお仕事を頂いたりもして。
でもそうしているうちに、行き詰まりを感じてしまいました」

幡野さんは大会で優勝したことで、最初に通っていた学校を修了することなく、事務所に所属しました。専門学校や養成所では後半のカリキュラムで実践的な学びが多く、それを履修できなかったことで、「自分には経験が足りない」と感じてしまったのでした。
その後、今度は外国語映画の吹き替えをメインとする声優事務所に所属し、2年間ほど、声優としてのお仕事を受け経験を積みます。その間は音楽の活動はほぼ休止し、声優一本で進めていたそう。
やがてその事務所も退所すると、ふと「自分はもともと何がしたかったんだっけ」、そう振り返る時間ができました。

そんな時、幡野さんは昔の知り合いから声を掛けられました。その方はKoTaさんという名前で、もう何年も連絡を取っていないような人で、今でもなぜその時声を掛けてくれたか理由はわからないそう。
事務所付の音楽作家になっていたKoTaさんからの依頼内容は、キャラクターソングの仮歌(※デモ音源に入れるための歌)を入れて欲しい、というもの。快諾した幡野さんは、それを契機にKoTaさんから声を掛けられるようになります。
そうしてある時、大きな依頼が舞い込みます。

「『スーパー戦隊の主題歌のコンペがあるので、それに仮歌を入れて欲しい』とKoTaさんに頼まれたんです」

喜んでその依頼を受けますが、『動物戦隊ジュウオウジャー』のコンペでは、残念ながら、落選。しかし、次の年のコンペ開催時にも声がかかりました。それが、『宇宙戦隊キュウレンジャー』の主題歌コンペでした。

「二年目はKoTaさんも一年目以上に気合いが入っていて、何曲も書いていました。その中で、僕の歌をイメージして書いてくれることになったんです。
曲作りのためにKoTaさんの自宅にも行って、お互い汗だくになりながら、何時間も歌いました」

楽曲を制作するには、モデルとなる歌い手の存在が不可欠です。またそのモデルとなった歌い手は、主題歌の本当の歌い手になれる可能性も上がります。またその当時幡野さんは28歳、最後のチャンスかもしれない、とも感じていました。
しかし、幡野さんはただただ、「KoTaさんの歌を120%いいものにしよう」と思っていたそうです。

「声を掛けてくれたKoTaさんに恩返しをするために、彼の曲のために、歌いました。
自分が歌い手になれるかもしれないとか、そういうことはあまり考えていなくて、それが良かったのかもしれません」

そうして完成したKoTaさんの楽曲は、その年の主題歌に選ばれました。またその後のボーカルオーディションで、幡野さんは見事、主題歌を歌う権利を得たのです。





学生時代の誘いや、KoTaさんからの連絡。幡野さんのターニングポイントは、人から声を掛けられたことが結果に結びつくことが多いようです。素晴らしいチャンスが幡野さんの下にやってくるのは、なぜなのでしょうか。

「自分でもよくわからないんですよね。笑
僕は結構腰が重いタイプで、自分から行動したのは声優になると決めて専門学校に行き始めたことくらいです。あとは皆さんに導いて頂いて、という形ばかりで」

ただ、幡野さんの心に残っている、大切にしている言葉があると言います。

「声優の専門学校に通っていた頃、講師として有名な声優の方がいらして、『人生、一生懸命頑張っている人には3回鐘が鳴る』というお話をして下さいました。その鐘を聞き逃さないために日頃から準備をし、それがやって来たら決して恐れずに掴んでいけ、と」

鐘が鳴った時に気づける耳を持っておきなさい。いつでも走って行ける準備をしておきなさい。その時は泥だらけになっても傷ついても、走って行かなきゃだめよ。そこで恐れてしまっては鐘が通り過ぎてしまうから――チャンスへのアンテナ、日頃の準備、そしていざという時の一歩。
すべてが噛合い、幡野さんは国民的シリーズの主題歌を掴み取ったのでした。



大切にしていること
ファンの存在



“鐘”に向け、日頃から準備を怠らない幡野さん。そんな幡野さんがお仕事の中で大切にしていることをお伺いしました。

「“リスペクト”です。コンテンツを、楽曲を、歌詞を、スタッフさんを……。
人からたくさんチャンスを頂いている僕だからこそ、『僕は周りの人がいてくれるから存在できるんだ』と、特に最近ひしひしと感じます」

後輩のライブに行った時に、ご自身が新人だった時には見えなかった風景が見えたと言います。それ以来、多くの人の中で存在する自分、という感覚が強まったそうです。
また、歌の場面では“リスペクト”に通じながらも、また違った感覚も。

「歌う時にはクライアントさん、ファンの方が求めていることを表現する、ということを大切にしています。
今、僕は何かコンテンツに関わりながら、他の方が作った曲を歌っています。なので僕自身を表現するというよりは、僕を通してコンテンツや曲の良さを“拡張”したいと思っています。
だから今、一番嬉しいのは『幡野さんにやってもらって“より”良くなったよ』と言ってもらうことなんです」

幡野さんはご自身の立場を考えながら、ひたむきに努力します。

「周りは本当にすごいプロの方々ばかりなので、いつも刺激を貰っています。
最近自分でも歌詞を勉強し始めているのですが、そうすると余計にいつも歌わせて貰っている歌詞のすごさを実感したりして。作って頂いた歌詞やメロディの良さを潰さないようにしながら、より良く表現したいと思っています」

そんな幡野さんにとって、ファンの方は周囲の方ともまた違った意味を持ちます。

「ファンの皆さんは、僕を育ててくれる存在です。
デビュー当時、僕は本当に自信がなくて。
特撮ドラマは『子供たちが生まれて初めて見る連続ドラマ』と言われます。それを象徴する主題歌を歌わせて頂くことが、ありがたい反面、とてもプレッシャーでした。
しかも子供たちって自信のなさとかを見抜いてくる印象があったので、すごく怖かったんです」





「それが変わったのはファンの方の応援があったからです。『幡野さんの歌で勇気を持てました』という言葉や、ライブで子供たちの笑顔を見たりして。
少しずつ、自分自身に自信を持つことができました」

そんな大切なファンの皆様と、同じ空気を共有する、ライブイベントの開催が叶わなくなった昨今。どう感じているのでしょうか。

「すごく悔しいですね。音源は聴いてもらえても、ライブは格別なので。
この“格別”だというのも、ライブができなくなってから強く実感しています。ライブはお客さんとの”対話”なんですよね」

先日は配信ライブイベントを行ったという幡野さん。その時に、実際のライブとの違いを感じたそうです。

「思い切り歌えるのはすごく気持ちよかったです。家だと本気では歌えないので、それが想像していた以上に、自分にとってストレスでした。
でも、目の前にお客さんがいないのは、やっぱりいつもと全然違いました。
ただ逆に、ライブに来れない人にも届けられますからね。これを機に、自分から発信できる存在になって、僕を知ってもらう機会を作りたいと思っています」

その言葉とおり、幡野さんは最近配信などのリモート活動も、積極的に行い、歌や配信を通じて、多くの方にエネルギーやパワーを与えています。
幡野さんはファンの皆さまについて、その身を案じながらできることをしたいと考えています。幡野さんの言葉でメッセージをお伝えします。

「今新型ウイルスの流行で、社会的にも過渡期に立たされていると思います。
振り返って、歴史の教科書にのるような大変な状況です。きっと皆さん、一人ひとりが日々前向きに幸せに過ごせるよう、努力している人たちばかりだと思います。だから頑張って、とは言いません。頑張りすぎるとどこかで疲れてしまったりするので。

いつか苦境を乗り越える日がくると思います。それまで少しでも穏やかにすごせるように、毎日を大切に過ごせるようにしていけたらなと思っています。
これが終わったらイベントで歌を届けられるように、心を合わせられるようにするので、みんな油断はせずに、でも頑張らずに日々を過ごしていきましょう。
“頑張って”、生きましょう」





インタビューを終えて



活躍する方には理由があるのだな、と改めて実感するインタビュー内容でした。
ご自身を受け身と称しながらも、お話からは謙虚で非常に勉強熱心な姿勢が伺えました。歌や声の才能がおありなのは大前提ですが、そのお人柄や努力があるからこそ、チャンスが舞い込むのだな、と感じさせます。

そのわくわくするようなこれまでに、とても楽しくお話をお伺いさせて頂きました。

幡野さん、この度はインタビューにお答え頂き、本当にありがとうございました。
今後幡野さんがどのようなチャンスを掴み、ますますご活躍されていくのか、Sakaseruからもぜひ応援させて下さいませ。

【今回のインタビュー】幡野智宏さん

Twitter:@tomohiro_hatano


今回のインタビューはwherebyによるリモートで行いました。



【取材・執筆】Sakaseruアスカ
【写真】MOJOST様よりご提供

SNSでシェア

おすすめのインタビュー記事

その他のインタビュー記事